東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)217号 判決
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。
(一) 成立に争いのない甲第二号証、第六号証ないし第九号証によれば、本願発明における複合触媒母体の合成非結晶性成分たるシリカゲル又はシリカ―ジルコニアゲルは、グラム当り少なくとも〇・六立方センチメートルの孔の容積を有することが必須であること、孔の容積が触媒の摩耗抵抗に悪影響を与えない限りにおいては、孔の容積が大であればある程全体の複合触媒に望ましいこと、したがつて、シリカゲル又はシリカ―ジルコニアゲルの孔の容積は、一般的に、約〇・六~一・五c.c./g、好適には約〇・八~一・三c.c./g、特に好適には約一~一・二c.c./gであること(明細書第五頁第一四行ないし第六頁第五行)、そのため、本願発明の特許請求の範囲において、「少なくとも〇・六c.c./gの孔の容積及び〇・一より小さいα値をもつシリカゲル又はシリカ―ジルコニアゲル」と数値限定されていることが認められる。
(二) 一方、成立に争いのない甲第四号証によれば、第一引用例には、「結晶性アルミノシリケート触媒複合体におけるマトリツクスのスチーム処理」の名称の下に、マトリツクスが比較的低触媒活性をもち、かつ、比較的大きな気孔直径をもつ触媒複合体に関する発明が記載されており、そのマトリツクスは、比較的不活性な多孔質無機酸化物マトリツクスを、二〇〇度Fないし水の臨界温度、一〇〇ないし三〇〇〇ポンド/平方インチゲージ圧の圧力の下で、マトリツクスの表面積を三~一〇〇m2/gに減少するのに充分な時間水熱処理をすることによつて得られること(第九欄第一九行ないし第一〇欄第二行)、右水熱処理によつて得られるマトリツクスにおける気孔直径と表面積の関係は、「本発明による水熱処理から得られるマトリツクスは、一八〇~六〇〇〇オングストロームの平均気孔直径をもち、それは約三~約一〇〇m2/gの表面積に対応し、そして、好ましくは約三六〇~六〇〇〇オングストロームの平均気孔直径をもち、それは約三~約五〇m2/gの表面積に対応する。」(第六欄第五五行ないし第六〇行)と記載されていることが認められる。
ところで、第一引用例に記載されたマトリツクスの気孔直径と表面積との関係は、気孔の数にも関係するが、一般的には、気孔直径が増大すれば表面積が減少することは技術常識であること、及び右記載における平均気孔直径一八〇~六〇〇〇オングストローム及び表面積三~一〇〇m2/gについて、好ましいものと記載されている範囲のうち、平均気孔直径六〇〇〇オングストロームと表面積三m2/gとは、その値が変つていないことからみて、平均気孔直径六〇〇〇オングストロームが表面積三m2/gに対応し、平均気孔直径一八〇オングストロームが表面積一〇〇m2/gに対応することは明白である。
(三) そこで、本願発明における触媒組成物のマトリツクスであるシリカゲル又はシリカ―ジルコニアゲルと第一引用例におけるマトリツクスとを対比すると、孔容積について、前者には、「少なくとも〇・六c.c./g」との数値限定が存するが、後者には、その点に関する直接の記載はない。
ところで、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば、多孔質体について、細孔の全容積(Vo)と比表面積(単位重量当りの表面積(Σ)及び平均細孔半径(<省略>)との間には、一定の関係式<省略>=1/γ・(2Vo/Σ)(但し、γは係数である。)が成立することが認められるので、右関係式によつて、第一引用例におけるマトリツクスの平均気孔直径と表面積とからその孔の容積を算出すると、マトリツクス内の細孔が交わらない円筒管と仮定してγ=1の値を採用すれば、孔容積は〇・四五c.c./gとなり、交わらない最密充填円筒棒と仮定してγ=0.104の値を採用すれば、孔容積は〇・〇四六八c.c./gとなる。したがつて、第一引用例におけるマトリツクスの孔容積は、γの値をいずれに仮定しても、本願発明におけるシリカゲル又はシリカ―ジルコニアゲルの孔容積〇・六c.c./gよりは、明らかな差異というべき、かなり低い数値であることが認められる。
被告は、第一引用例におけるマトリツクスは種々の材料を許容するものであり、第一引用例の対象とするマトリツクス一般が特定の一定孔容積を有すべきものとは考えられないから、一八〇オングストロームの平均気孔直径は三m2/gの表面積に対応し、六〇〇〇オングストロームの平均気孔直径は一〇〇m2/gに対応するものと解するのが妥当であると主張する。
しかしながら、第一引用例におけるマトリツクスの平均気孔直径と表面積の関係についての記載(第六欄第五五行ないし第六〇行)は、第一引用例記載の水熱処理から得られるマトリツクス一般についてのものであり、第一引用例記載の種々のマトリツクス材料も水熱処理すれば、当然右記載範囲内の平均気孔直径及び表面積のものとなることは、その記載内容から明らかであり、そうである以上、第一引用例記載の種々のマトリツクスについて、前述のとおり、平均気孔直径六〇〇〇オングストロームが表面積三m2/gに対応し、平均気孔直径一八〇オングストロームが表面積一〇〇m2/gに対応するものと解すべきであつて、被告の主張は、採用できない。
そして、他に第一引用例におけるマトリツクスと本願発明におけるマトリツクスであるシリカゲル又はシリカ―ジルコニアゲルの孔容積が同一であることを認めるにたりる証拠は存しないから、両者の孔容積に格別の相違はないとすることはできない。したがつて、審決は、触媒組成物のマトリツクスの孔容積に関して、本願発明と第一引用例の発明との間に相違があることを看過したものといわざるをえない。
(四) つぎに、本願発明において触媒組成物のマトリツクスであるシリカゲル又はシリカ―ジルコニアゲルの孔容積を限定したことの意義について検討すると、成立に争いのない甲第一二号証には、その孔容積が、第一引用例のマトリツクスに相当する<1>約〇・三四c.c./g及び<2>約〇・四一c.c./gの触媒と、本願発明における特許請求の範囲のものに相当する<3>約〇・七八c.c./gの触媒について、それらを軽油の接触クラツキングに用いた場合における比較実験が記載されている。右比較実験に用いたマトリツクス中には、少量のアルミナ分が存在していることが認められ、厳密な意味では、本願発明に関する比較実験ではないけれども、そのマトリツクスは、スチーム処理によつて、触媒活性が除去されていることからみるならば、右比較実験は、本願発明におけるシリカゲル又はシリカ―ジルコニアゲルの孔容積を限定した意義を示す一応の根拠になるものと認められる。そして、右記載によれば、ヘビー・ミツド・コンチネント・ガス・オイルに対しては、全転化率が<1>五七・九wt%及び<2>五八・二wt%に対し<3>六一・八wt%、ガソリン転化率が<1>三八・一wt%及び<2>三九・八wt%に対し<3>四二・二wt%であることが認められ、<3>の孔容積が〇・七八c.c./gの触媒を用いた場合は、<1><2>に比して、全転化率及びガソリン転化率の点で確実に優れていることが明らかである。
3 以上の各点に鑑みるに、審決は、本願発明における触媒組成物のマトリツクスであるシリカゲル又はシリカ―ジルコニアゲルと第一引用例におけるマトリツクスとの相違点を誤認したものであり、それは、本願発明の進歩性についての審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、違法として取消さなければならない。
4 よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、正当としてこれを認容する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
少なくとも〇・六c.c./gの孔の容積及び〇・一より小さいα値をもつシリカゲル又はシリカ―ジルコニアゲル二〇~九五重量%と、粒状重量付与剤五~八〇重量%との母体中に約四重量%より少ないナトリウム含量の結晶性アルミノシリケートを含む触媒組成物であつて、該重量付与剤は、前記触媒組成物が少なくとも〇・三g/c.c.のかさ密度をなす量で存在し、該母体は、アルカリ金属シリケートを粒状重量付与剤と混合することによつて前記粒状重量付与剤を被覆し、必要に応じ、これに更にジルコニウムイオンを添加してつくられたものである、炭化水素供給原料クラツキング触媒組成物。